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紫陽花の草 (佐藤)

目を覚ますと16時半だった。
溜まりきった疲労はついに8時間の睡眠を与えてくれた。不眠症めザマーミロという気分だ。
悪夢を見たがしょせん夢だったので、今は無敵だ。
泥のような眠りというが、起きてなお体に泥がまとわりついているように重い。雑なシャワーで体についた泥を落とすと、17時。とても気分がいい。
なぜなら今日はむくつけきアルバイトが21時からなので、出勤までの数時間は、私だけの自由時間。
これはもはや、休日だ。
 
なにをしようか。そんな風に考えられることがもはや贅沢だ。
まず財布に溜まったレシートや診察券の整理をした。稽古場や劇場の近くの病院の診察券は、そう使う機会がないからこの際持ち歩くのはやめる。期限切れのクーポンや、頂いたままお札に挟まれていた名刺たち。名刺に記されている電話番号にいきなり電話をかけたら彼らはどんな風に思うだろう。なにを話すだろうと想像して楽しい気分に浸る。名刺をもらった私にはその権利があるはずだよな、などと考える。
 
自転車に乗って近所の図書館に出かけた。久が原図書館。同じくらいの距離に大田図書館があり、そっちのほうが蔵書量が多いが、道中にしんどい坂道があるため、今日は久が原図書館を選んだ。なにより久が原図書館は人が少ないし、緑の多い住宅地の中にあるので、抜群に居心地が良い。
 
かねてから読みたいと思っていた本を検索するが、久が原図書館には置いてなかった。大田図書館にあるらしい。こんなお茶目なミステイクも今日は楽しい。なんせ今私は休日(気分)だから。
 
とはいえ無駄足にしたくはないので、海外小説の棚を適当に眺めると、チェーホフの短編集と目が合った。
昨年の「賭け」でチェーホフと触れ合ってから、私は一方的に彼に友人関係のようなものを感じていた。いい短編があればまたメチャメチャな作品にしてやろうと思って2冊借りた。読むのが楽しみだ。
 
図書館を出た頃にはまだ18時前。出勤前になにかおいしいものでも食べてやろうと思って、特に目的地を決めることなく自転車を漕ぎだした。ペダルを回しながら、無意識にまた脚本のことを考えていることに気づいた。まだ頭が起きてないのか、思考が働かない。無理になにかを考えようとするより、いっそ今日はもう考えるのはよそう。考えだけならアルバイト中でもできるし、なんせ今は休日(気分)なのだ!
 
ボーっと走っていると、中学生のころサイクリングが大好きで、夜な夜な家を抜け出して街中を走り回っていたことを思い出した。
 
ポケットに500円玉を入れて、荷物はそれだけ。片道1時間程度のどこかに辿り着いたら、そこを行き交う人や車を眺めて、初めて入るコンビニで缶コーヒーを買って飲んだ。気が済んだらまた同じ道を通って帰る。それだけのことが私にはとても価値のあることだった。当時携帯を持っていなかったので、家を出る前に都内の地図を開いて、適当に目的地を決めて、簡単な道のりを記憶して出かけていたので、都内の大通りに詳しかった。今はほとんど忘れてしまった。
 
思い出に浸っているうちに矢口渡に到着。ここの駅前には「なぜこんなへんぴな駅に」と思われるほど美味しいラーメン屋がある。丁寧にダシをとった上品なスープと、肉の旨みがギュッと詰まったワンタンが特徴のワンタン麺が目当てだ。
先日恵比寿に用事があったときに有名店アフリに立ち寄ったが、値段、味ともにこの店はアフリに優っている。実力が伴っているから、店主のシェフ姿も、小綺麗な店内も嫌味がない。
 
本日は閉店しました。
 
月曜日と金曜日は昼の営業のみらしい。
なんてこった。定休日は水曜日。ここの店主は結構ゆとりのある暮らしをしているのかもしれない。羨ましい。有意義な半休日を過ごしていることを願う。そしてまた今度美味しいワンタン麺を食べさせてくれ。
 
その後向かったのは第二京浜沿いの讃岐うどんの店。近所の人たちが足繁く通う店らしいが、こちらも昼で営業終了。悔しい。しかしこんなことで私は傷ついたりしない。なんせ私は今休日(気分)の真っ只中にいるのだ。むしろ気になるお店の営業時間を身をもって知ることができて有意義だと言える。
 
そしてようやく私を迎え入れてくれたのはとんかつ 燕楽。地元の駅の少し外れたところにあり、清潔な入り口がむしろ気軽に立ち寄れない雰囲気を醸し出している。入り口の看板にはヒレカツ定食 ロースカツ定食 2100円 の文字。松乃家の朝のとんかつ定食は500円以下だ。それと比べるとさては使っている豚の格が違う。きっといいとこの出の豚を使っているに違いない。
 
実は数日前に、アルバイト先の上司が競馬で大勝したからと言ってお小遣いをくれていたので、ちょっといいものを食べたかったのだ。
 
その上司は競馬に不思議なジンクスを持っていて、それは「私がいるところで買うと当たる」というもので、私はただその場にいるだけなのに、時々それで感謝される。実際私がいる横で、ネットで馬券を買った上司が10万円とか20万円とかの馬券を当てている姿はしばしば見てきた。それが数日前にはなんと90万円の馬券を当てたらしい。それでその日私を焼肉屋に誘ってくれたのだが、あいにく直前におにぎりを5個食べていたのであえなく断念した。その帰りにお小遣いと言ってくれた、そのお小遣い。
 
ついにこいつを使う時が来た。ワクワクしていると味噌汁と漬物と米がきた。そもそも味噌汁が美味い。白味噌でこんなに美味い味噌汁は初めて飲んだ。米もふっくらして、それだけでご飯が進む。
 
お待ちかねのとんかつが登場。ぶ厚い。
食べログの記事にありがちな、旅行記風だったり、やたらと風景描写に凝りたがる自意識プンプンの酔った文章。私はあれを滑稽だと笑っていたが、ようやくわかった。美味しいものは人をおかしくする。滑稽にもなる。酔いもする。
自分の文章が滑稽になっている自覚はあるが、とんかつの魅力を伝えるためだと思って許してほしい。
 
柔らかくてしっかりとした肉質。脂身の背徳感。ファビュラス。
 
女子アナがよくやる口に食べ物を含んだまま目を閉じて「んーーー」とかいうアレを心の声でんーーーしつつとんかつを味わっていると、となりのサラリーマンが一生懸命とんかつに塩を削って振りかけているのに気づいた。
ピンクの岩塩。
先日観たサムゴーギャットモンテイプの「塩にこだわる霊能力者」を思い出しながら、ちょっと真似したくなってきた。
とんかつに塩?かっこつけすぎじゃないか?
と疑心暗鬼で塩をふりかけて食べる。
 
 
爆発した。
 
なんだこれは。美味すぎる。
味が、とかいう次元ではない。ソースで食べたときとは比べものにならない。肉が口の中でふっくらとして弾けて、そのあと溶ける。
とんかつを二度見した。
 
塩にこんな力があったのかと驚いた。数切れそのまま塩で食べたが、なんど口に入れても感激する美味さだ。
 
試しに一切れソースで食べてみる。
うん美味い。
 
そしてもう一度塩。
 
 
爆発した。
 
これはとんでもないものを知ってしまったなあ。みんなには内緒にしておこう。と心に決めて今もうブログに書いている。
 
美味しかったのでレジのおばちゃんだけでなく、厨房のオッチャンとおじいちゃんおばあちゃんにも聞こえるようにご馳走さまを言って店を出た。肉を叩いたり衣をつけたりするのがオッチャンの仕事で、揚げるのがおじいちゃんの仕事らしい。恐るべしとんかつ親子だ。
 
いい気分で西城秀樹の歌う「走れ正直者」を鼻ずさみながら一旦帰宅し、コメダコーヒー店でアイスコーヒーを飲みながらこのブログを書いていた。新人の女の子が店内を走り回って慌ただしかったが、客はみんなリラックスした面持ちでコーヒーを飲んでいた。やはりコメダは居心地がいい。
 
友人の結婚式の出し物のために歌を歌うので、その練習をしなくちゃなあ。西城秀樹じゃなかったなあ。
 
そんなことを考えながら今は電車でアルバイトに向かっている。金曜日だから、きっと今日は忙しくなる。働きたくはないけど、きっと今日は元気に働けるはず。
 
こんな休日を過ごせるのは、今度はいつになるだろう。ホームに落ちているメントスの包み紙が「それまで頑張れよ」私にそう言っている。
 
 

 
なに見てんだよ
 
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プロフィール

guizillen(ギジレン)

Author:guizillen(ギジレン)
guizillenとは?
2014年秋口に結成した手作り劇団。
メンバーは佐藤、門田、渡辺、片腹、オノ。
2014年末に第1llen
「センチメンタル・ジャーニー」でスタンディングオベーションに包まれて華々しくデビュー。
2015年5月に第2llen「非現実の王国」、2015年12月に第3llen「真鍮の月」にて着々とコアなファンを獲得している。2016年8月には第4llen「土木座」を満員御礼にて終了。12月には第5llenを公演予定。